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2023
モジュール

016精道学園 精道三川台高等学校

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『長崎は今日もバカだった』

「もってこーい、もってこい!」

遠くで誰かが叫び、それに続く大観衆の叫ぶ声。応えるような男たちの猛々しい声とそれを喜ぶ歓声が響く。日本一運賃が安いという長崎の路面電車を降りると、その声はなお一層大きくなった。

誰が言い出したのか定かではないが、長崎は墓、坂、バカが多いそうだ。確かに見渡すと周りは山、山、山で、坂ばかり。その中腹には長崎特有の塀に囲まれた墓がぎっしりと並び、ポツポツと時折見える十字架の墓石は長崎が歩んできたキリシタンの歴史を刻んでいる。なるほど、墓と坂が多いのは確からしい。そして今日は長崎くんちの最終日。コロナ禍のために四年ぶりの開催となった諏訪神社の大祭に長崎のまちは大きく活気づく。みんなが祭りに夢中だ。子どもは花より団子で出店の方が気になるようだが、長崎人は祭りバカということらしい。

それにしても暑い。祭りの熱気もさることながら、十月というのに九州はこんなにも暑いのか。ふと見ると、長崎らしい西洋風の純喫茶が目に入る。自然と足が向かうが様子がおかしい。扉に張り紙が貼ってある。

『店主がおくんち出演のため、

誠に勝手ながらお休みさせていただきます。』

あぁ、長崎は今日もバカだった。

0 03 慶應義塾志木高等学校

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『自由への渇望』

「まだ6時か。」

同僚たちは温かい家庭に直行するのだろう。しかし、僕の部屋は常に冷たい空気が循環しているだけだ。

気がつけば、改札をくぐり抜けていた。今日は土曜日ということもあり私服の人々で溢れている。デパートを右折。タリーズコーヒーやスターバックスで若者たちが一服している。早足で高架下をくぐり抜けると、商店街の一角に行列ができていた。なんとなく列に並んだ。しばらくして店内に入ると、そこが鰻屋だということに気がついた。厨房からは香ばしい匂いが漂ってきて胃袋が騒ぐ。

注文したうな重が僕の前に現れる。ゆっくりと鰻を口へと運ぶ。ふっくらとした身は香ばしく、一切の臭みもなく、甘さ控えめのタレとの相性は絶妙だった。気づけば皿は空になっていた。その直後、酒を注文しなかったことをひどく後悔した。今度こそ酒のつまみにと、追加できも焼、からくり焼きというのを買うと、鰻屋を後にした。 結局何もすることなく、南口まで来てしまった。改札を通った途端、9000系のインバーター音と満員の車内で目が覚めた。

「自由が丘〜。自由が丘〜。」

ほんの少し贅沢に座って帰ろう。

なんたって明日も平日だ。

僕は列車を見送った。

025東京都立蔵前工科高等学校

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『Neon Fugitive』

この街は怪物だ。堕落した人間を引きずり込んで離さない。私がこの街に訪れて最初に感じた事だ。この街に法は存在しない。あるのは暴力による秩序だけだ。辺りを見回すと、崩壊した建物や手入れがされていない民家、そして何度も増築がされた至なタワーがそこには存在していた。全てが歪んでいる。住んでいるのは皆社会から必要とされていない人々だけだ。そう、ここは社会の淀み。だが影が暗くなれば光はより強くなる。道を照らすネオン。間を切り裂く電車の光。そして、逆境の中でも生きようとする人間の意志だ。追い詰められた時にこそ、人間はこの真価を問われる。ここではその「真価」が試され、その結果で造られている。私は悟った。どんなに窮地に立たされても、人間は知恵を使い、仲間と協力して、運命を切り開いていくのだと。結局、私は街を去った。私が見放したのではない。この街に否定されたのだ。雨は強くなり、雷鳴が響く。いずれはこの記憶も雨の中の涙のように消えていくのだろうか?いや、違う。決して消えはしない。

0 19 国立東京工業高等専門学校

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『Goryo Line's Dream 』

やべ、寝てた!

ガードを渡る鉄輪に眠気を逸らされ、微睡みの中で外へと目を遣る。

過ぎ行く景色は普段のそれではない。焦燥を抱える僕の耳に入るは車掌の声。

「武蔵横山、武蔵横山です」 武蔵横山?聞いたこともない。日も昇り切らぬ朝の候、違和感と共にホームに飛び出す。

見たところ、乗ってきた京王線の駅のようだが……高架上のホームはいつもの景色とは違うものを感じる。周辺には住宅街が広がり、目下の駅前広場には商業施設も立ち並んでいる。

スマホを開いてマップアプリを立ち上げると、目に入るのは「武蔵横山」の駅名。そのマークをタッチすると「京王御陵線」の字が飛び込んできた。マップ上の路線表示を辿ると、「多摩御陵前」の表示ひとつ。 だが多摩御陵前駅も、ここ武蔵横山駅も、果ては御陵線自体もその説明文には「廃線」の字が浮かぶ。

では今僕がいるここは一体……?

巡る思考と加速する鼓動に反し、抑えるように瞼が閉じられる。

意識が遠のく……。

「お客さん、終点ですよ。高尾山口です」

目に入るは車掌帽。

雑踏が頭に響く中、時刻を見て呟いた。

「あ、遅刻だ」

001    立教新座中学校・高等学校"

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『インタビューは一番詳しい人』

おうお前新入りか。なぁんだよちげぇのかよ…なに?この辺を案内しろだ?しゃぁねぇなぁ。ほれ、ついてこい。まず今俺らがいるのが俺らの寝床上野公園だ。どうやらここが生活の場じゃなくて週末に出かけてくる場所として使うやつがいるらしい。餓鬼はこっちを見て何か言いたげな表情を見せるがそばにいる大人が汚いものを見るような目でこっちを見ながらそれを遮る。もう慣れっこだがな…上野公園を出ると目の前ん見えるのは「じゅらくビル」っつうらしい。ビルの壁を大胆に削り取ったような形状をしていてよくもまぁ大層なもん作ったなぁと思っていたが道行く人曰くヨーロッパっつう所の建物に似ているらしい。その裏にあるのが戦争の闇市が始まりのアメ横だ。表通りはあんなに華やかで混んでいるが少し裏に行けば上野公園以上に不衛生な場所だ。道路の反対側にあるのは西郷会館というらしい。少し前から工事で覆いがされているが赤いでっかい「聚楽」の文字が見えたぜ。もうすぐ覆いもとれるんじゃないかな。ま、ざっとこんなもんだ。ところでお前はこんなん聴いてどうするんだ。え?50年後ここを再現する?冗談はよせやい。ま、もしその時生きていたら見に行ってやるよ。

138神奈川県立平塚中等教育学校

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『くたびれた炭鉱町』

ある夏の日、私は作品の資料を求めて、一人炭鉱町の幌振へ向かった。

幌振駅で降りたのは、私のみだった。

駅の待合室を覗くと、くたびれたパナマ帽を持った、旅行者らしき老紳士が座っていた。

この幌振は、とても旅行先とするような土地ではない。興味本位で、その意図を尋ねることにした。

「すみません、何をしに幌振へ来たのですか?」

「話すと長くなりますが、それでも構わなければお話しましょう。」

彼は、ゆっくりと語りだした。

「私は昭和37年にこの町で生まれました。

私の小さい頃の幌振は、まだ炭鉱も多くあり、にぎやかな町並みが広がっていました。

インフラも整っていて、暮らすのには困らない町でした。

ですが、炭鉱が閉山していくにつれて、商店はシャッターを下ろし、人は町を出ていきました。

私の親も失職してしまい、この町を離れざるを得なくなりました。それ以来何十年も、この幌振に関わることはありませんでした。

しかしこの前テレビで、幌振線が廃線されることを知り、列車で来られるうちにもう一度来ておきたかったのです。」

そこまで語って、彼はペットボトルの水を口に含んだ。

窓の外に目をやると、幌振の寂しい町並みが見えていた。

091三田国際学園高校

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『鳩で溢れる世界を抱きしめたいな』

幼馴染と喧嘩した私は「仲直りに」と誘われた国際シティに行くことになり、今国際シティにいる。着

いた途端に心が打たれた。様々な国の象徴が集められていて、平和の象徴、鳩が大勢いる。ここだけ異世界だ。「あ!G7    の首脳たちだ!戦争のない平和な世の中になることをみんな一生懸命願っているんだ。みんなで国際交流をして、各国の文化を楽しめる都市があったらいいなってこと

で、この都市が作られたんだ。」幼馴染が言った。なんて素晴らしい都市なのか。ベルリンの壁な  ど、過去の冷戦の象徴もあった。過去に色々あったが、地球ってすごいなと思った。私は地球が大好きになった。私は「みんなこんな素晴らしい文化があるのに、なんで喧嘩しちゃうんだろ。僕たちの喧嘩も些細な事だよ。」と言った。「相手を理解することの大切さ、わかった?戻ったらお互い謝罪するんだよ。じゃあ、またね!」と幼馴染は言って消えてしまった。「どういうこと?」はっ!目が覚めた。仲直りしたのも、あの都市も夢だったのか、、、。私はすぐに幼馴染の所へ行き仲直りをした。世界が大好きになった。私はいつかあんな都市を創ってみたい。空を見ると鳩の羽が漂ってい

た。

049普連土学園

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『ペンを握る』

・・・

ペンを握って、原稿用紙に字を書く。そう、私は小説家だ。いやボロアパートに住む売れない小説

家といった方が正しいだろう。新人作家が着々と売れていく中、私はまともに売れた事がない。

 

ふとした瞬間、上を見上げる。目に映るのは、大きな青い家。最近流行りのオシャレな Café。

「私、何やってるんだろう」 自分が惨めになる。

 

ある日、今まで近づきたくもなかった薄暗い森へ、私は吸い込まれるように入っていった。

まるで少年の様に森を搔きわけた。目の前に広がる薄汚れた森を抜けだし、少し息を吐く。そこには自分が想像しなかった、いや想像できなかった景色が広がる。思わず息を飲んだ。段ボール、ビニールハウス、そこはかとなく淀んだ空気が漂う。線路を超えた対岸に広がる退廃した建物…。好きな事で生きる事、その楽しさを知りもせずに生きているのだろうか。

私はまたペンを握る。

024海城中学高等学校

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『帰郷 ー夜祭に往くー』

ある師走の夕刻のこと。日も傾き始めた17時23分、私の乗った列車は観光客を満載して、がくんと大きな音を立てて熊谷駅を定刻で出発した。ちょうど隣を走る列車が夕陽を帯びて眩しい。十年ぶりの帰郷に心を躍らせながら、一時間余り列車に揺られ秩父駅に到着した。自分以外に大勢の客が下車していった。日はすっかり沈んでいた。

今日の目的は何と言っても秩父夜祭である。父親の屋台を見るついでに少し見て行くか、といった気分で来たのだが会場に着いた瞬間に圧倒された。見たことのない数の人だかりである。自分ももちろん十年前までは近くに住んでいたのだが、父親と毎日大喧嘩していたために記憶の限りではこの祭りを一度も見たことがなかった。慣れ親しんだ町の違う一面を垣間見て、祭りが始まる前から既に興奮気味であった。

祭りが始まった。団子坂の急勾配を駆け上る屋台。町中に反響する花火。絶えることのない掛け声。これ以上に素晴らしい祭りがあろうか。屋台の明かりと背景の花火のコントラストが圧巻だった。

父親が来た。数十人で引いている大きな屋台に乗って舞っている。柵から大きく身を乗り出して、意識より早く声が出た。

「がんばれ!」

本心だった。

042城北埼玉中学・高等学校

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『交通都市東京』

(まもなく加藤三丁目です。丸の中線はお乗り換えです)

「よし、降りるか。」

ここは加藤三丁目。

元々は丸の中線しか通っていない駅だったが、1年前に、副都市線が開通した。

ドアが開き、ホームへと歩き出す。

長い階段を上がると目の前にホームがあり、丁度大きなフランジ音を鳴らしながら丸の中線が入ってきた。

急カーブに作った駅なので、電車とホーム幅はかなり開いている。

私は丸の中線に乗り換えず、そのまま改札へ向かう。実はこの駅の近くに、JR線が走っている。東京はこのような穴場乗り換えが多い。

改札を抜け、階段を上がり、地上へ出る。

目の前には交差点があり、これらの道路の真下を、地下鉄が走っている。

東京で、地下鉄が地上を走り、見れれば面白いのにと思う。

ここには、とても大きいビジョン付建物があり、副都市線開業に合わせた沿線再開発での目玉となっている。

ビジョン以外にも様々な広告があり、街を華やかにしている。

この交差点のそばにJRの新幹線や在来線が走っている。その高架下を歩くとJR線の駅に着く。

蜘蛛の巣のように道路や路線が走っているのも、東京の魅力だと思う

いつになったら、交通都市東京を攻略できるだろうか。

0 06 正則学園高等学校

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『It’s a good family weekend!!』

時は西暦1953年。

私の名前は「井上」。しがないただの勤め人だ。MANSEIBASHIにその職場はある。

この街はとにかく魅力的だ・・・

週末であるにも関わらず私はこの街を訪れている。朝食にサンドウィッチを食べたのち、ゆっくりしてから交通博物館などに行き、昼過ぎに線路脇にある特徴的な佇まいの洋食屋でランチをする。これが私の優雅な休日の過ごし方だ。

ランチの後は神田川沿いを散歩する。そこにはレンガ調の建物がある。特に私のお気に入りの場所だ。所狭しと行き交う車と人。なぜか、都会の喧騒がかえって心の平安をもたらしてくれる。

「あぁ、なんと素晴らしい街だ。」

騒音の中、背後から私を呼ぶ声が聞こえてくる。

「パパー!楽しかったねぇ」「あなた、そろそろ帰りましょう」

この家族との未来を描きながら、改めて立ち並ぶ家電量販店を眺めまわした。

「そうだな、帰ろう」

品のないネオンが点り始める前に帰宅の途につく。

そろそろ1日が終わる。明日の準備をしなくてはいけない。

筆記用具にノート、メモ帳、手帳、電卓、そして、折り目の付いた各メーカーの製品パンフレットをカバンに詰め込む。1週間の予定を確認、、、「よし、OK。」

059開智中学・高等学校

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『塩狩にて待つ』

3月末、本州からの桜の便りがまだ届かない、ここ北海道。

雪の積もるプラットホームに足を下ろした。ぎゅっという音とともに、足裏から冷たさが伝わってくる。電灯の青白い光に照らされて、僕の影は闇へと伸びている。下り列車が残していった雪煙の先には、エンジン音が微かに響いていた。

待合室の前に一人の少女が佇んでいる。少女のさしている赤い傘には、うっすらと雪が積もっており、彼女の腕には紺色の傘がかかっている。彼女は誰かを待っているのだろう。待合室のあたたかな光は、そんな彼女を照らしている。

まるで一途に僕のことを待っていたあの子のようだ。あの時の約束を果たせなかった僕を、あの子もまだ待ってくれているのだろうか。さすがにもう忘れているだろうか。いや、忘れていてほしいとさえ思う。

構内踏切が鳴り始めた。もうすぐ上り列車が来る。彼女が誰を待っていたかを見たいと思った。しかし、心のどこかでそれは見てはならないと思った。目を背けた先には、まだ遠い春を待つ桜並木が、列車の光にぼんやりと浮かび上がった。

列車が走り去ったあと、プラットホームを冷たく黒い風が吹いた。僕の肩にも雪が積もり始めていた。

102熊本高等専門学校

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『霞』

長旅を終えてホームに降り立った。

目の前には長い歴史を感じる駅舎が建っている。

背後で列車が動き出したのでくるりと振り返った。すると、向かい側のホームに桜の木が並んでいるのが見えた。

まだ3月が過ぎ去る前だが、風に吹かれた花びらが宙を舞っている。 また、茂みに隠れていて姿は見えないが、たくさんの人の賑やかな声がするので、花見でもしているのだろう。

駅員さんに切符を渡して改札を抜ける。

山の麓にある駅の周辺にはあまり店がないが、自然が多く残っているため、のんびりとした雰囲気がある。 駅舎の外のベンチに猫が座っていた。

おやつが欲しいのだろうか。それとも、誰かを待っているのだろうか。

撫でようとして手をのばす。すると、金色の瞳の猫がこちらを向いた。

「そろそろ起きたらどうだい?」

「えっ…?」

驚いて伸ばした手を引っ込めると後ろに引っ張られる感覚がして、視界が暗くなった。

「うっ…」

瞼を開けると柔らかい春の日差しが窓から入ってきたのがわかった。

どうやら、午後一番の現国の授業中に居眠りしてしまったようだ。

はて、どんな夢を見ていただろうか。

092本郷中学校・高等学校

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『06/01 塔ノ沢駅訪問記録』

「何だろう。これ。」

ガタガタ揺れる車内で切符を拾った。ただ、切符にしては硬く、分厚い。厚紙でできているようだ。券面には「塔之澤ゆき」と書かれている。

「降りられますか。」

車掌に声をかけられる。「塔ノ沢駅です。」

促されるように列車を降りると、駅のシンとした空気に驚かされた。湯治客で溢れる車内と打って変わって、ひっそりとしている。そんな雰囲気に神秘ささえも感じられる。

ガタンガタン…

去り行く二両の登山電車を一瞥し、駅のホームを見渡す。ふと、向かいのホームに立つ鳥居に目が留まる。古びた石造りの鳥居には深澤銭洗弁財天と彫られている。境内には鳥居と、本宮と、しかめっ面をした狛犬が静かに佇んでいる。神社には、チョロチョロと水が流れる音だけが響いている。手持ちの五円玉を手水鉢で清めると、手にひんやりとした水の感触が伝わってきた。日常の殺伐とした気分を忘れさせてくれるように感じた。

ファーン…

強羅に向かう電車がやってきた。車内は家族連れとカップルで賑わっている。窓側の席に座ると、ちょうど銭洗弁財天が見えた。こっちを見ている狛犬が、笑っているように見えた。

072早稲田大学高等学院・中学部

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『夕暮れ時に望む帰路』

ある日の暮れ時のこと。友人と遊んだ帰り、私は改札に引っかかった。表示された交通系ICの残金は15円、財布に入っている金額はたったの61円だった。友人とはとうに別れていたので、お金を借りることはできなかったが、特に急ぎの用事もなかったので歩いて帰ることにした。

線路沿いを歩いていると、下校中だろうか、何人かの小学生が楽しそうに電車が走って行くのを見ていた。それを見た私は「そういえば、小学生の時に通っていた塾の近くに電車が走っていたなぁ。」と、そんな感慨にふけていた。どんな年齢であろうと過去とは惜しいものだ。そんなことを思いながら、再び帰路を歩いた。

また暫く線路沿いを歩いていると工事の掲示が目に写った。それには「鉄道高架化工事2031年3月31日まで」と書かれていた。高架化が進めば、今自分が立つこの場所で電車を見ることは難しくなるのだろうか。そんなことを考えたとき、ふと私の頭の中には先ほどの小学生たちの様子が浮かんだ。そして私は自然と言葉がこぼれた。

「あぁ、もうすぐかぁ。」

まだ家までは距離があるのに、今この時だけはそんなような感じがした

045宝仙学園中学高等学校

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『五十路の夏、九品仏の街』

男はプラットホームに降り立った

まさか後ろの車両の扉が開かないとは、危うく降りられないところだった。

九品仏駅。5両の列車に対し、ホームが4両分しかない駅である。

駅構内には学生たちの弾んだ声がこだましている。

彼らを見て、ふと自分の少年時代を思い出す。

どこにでもある田舎町。秘密基地にしていたあの古い車はどうなっているだろうか。

高校に入学してからは、漠然と東京に行きたいと思うようになった。

卒業式の翌日、私は期待を胸に新型の特急に飛び乗り、名古屋から新幹線で東京へ向かった。

程なくして長津田に居を構え、都心の会社に就職した。

通勤は大変だった。車内で寄り返す人波の中、私はまるで東京が自分に居場所は無いと突きつけているように感じた。

そして五十歳に近づいた今、転職し新たな家をこの九品仏に構えたのだ。

男は改札機に片道切符を通した

両側が線路で挟まれたこの場所は、列車が来れば陸の孤島である。

そんな空間を有した九品仏の街は、自分を優しく迎え入れてくれた気がした。

「まぁ、都会のはぐれ物として、ここで生きてやるさ。

車両がはみ出しても、列車は駅に止まれるのだから」

男は温和な顔つきで、街へ歩き出していく

005 浅野中学校・高等学校

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『黎明の日本海』

新潟行きの夜間急行は、暗闇の中を進んでいく。

ラジオの音がプツプツ切れる。

窓際に頬杖をつきながら、延々と続くトンネルの光の数を数えてみるが、すぐにやめてしまう。

単調な景色はどこまで続くのだろうか。昨晩に大阪を出発したのが遠い昔のように思える。

私は何をしているのだろうか。恋ふる気持ちを失ったような虚脱感の中に溜息が混じる。

足元の温風だけが私の脚を焦がす。私以外の乗客は皆眠っているようだ。車内にはゴーゴーとモーターの音だけが響く。

静寂という名のが私の心を押しつぶす。

列車はトンネルを抜けたようだ。車内に光が射す。不意に反対側の車窓に目をやる。曇った窓を擦ってみる。すると、黎明の日本海の姿が一面に広がる。

一面に染まった純白の銀世界に反射する朝暾とうねる荒波を見て私は思わず息を呑んだ。

しばらく目を奪われてると、掠れた声のアナウンスが流れる。列車はまもなく柏崎に停車するようだ。

新潟はすぐそこである。

075西大和学園中学校・高等学校

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『交差点の見えるカフェで(彼女の指輪と『その時』について)』

温かいコーヒーを啜ってから水浸しの交差点を見下ろした。人も車もなく、ビル風に濁った水面が揺れていた。

ふいに銀の指輪が転がってきて、すみませんと声がかかった。隣の席でずっとそれを弄んでいた女性のものだった。若い彼女にはその銀色が重々しくて、持て余しているように思えた。彼女は今度はそれを親指に嵌め、待っている友人の話をした。話す時に、目を大きく開く癖があるらしかった。僕は地面にまで上がってきた水の話をした。

「地下鉄も浸かっちゃいましたけど、大丈夫なんでしょうか」彼女は一度、眠るみたいに瞬いた。

「多分」

「そうなんですか?」

「うまくやってくれると思いますよ、そのうち」

「『そのうち』って、そんなのあてにならないわ!今はその時ではないの?」

その言葉と口調に僕は驚いた。僕を覗き込む様な目はこれまでになく大きく開いていた。

彼女は、はっと気づいて、また、すみませんと言って指輪を薬指に嵌め直した。

いや、よく似合っているなと思った。

一人、交差点を歩いている。

靴がびしょびしょと重い。

鼻にコーヒーの香りが少し残っている。

「今はその時ではないの?」

訴えるように見開いた彼女の目を僕は今、堪らなく美しいと思っている。

112芝浦工業大学附属中学高等学校

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『進化するまち渋谷』

池袋の水族館に行くのは何年ぶりだろう。もう30年は行っていない気がする。渋谷も久しく行っていない気がする。そんなことを考えながら東横線の電車に揺られていた。代官山駅を過ぎると、窓の外が急に暗くなった。何が起きているのか状況がつかめぬまま、電車はホームへ滑り込んだ。地下のホームが新しく造られたのかと思った。しかし今は山手線に乗り換えるのが先だ。地上に出てみたら山手線から遠いところに出てしまった。少し歩くと、スクランブル交差点が見えてきた。山手線の渋谷駅も見える。横を見てみると、東横線の渋谷駅がなかった。途端に寂しい気持ちになってしまった。そのまま山手線の改札に入った私は山手線のホームに行った。ホームが昔より増えた気がした。反対側を見ると今は使われていないホームを目にした。また寂しい気持ちになってしまった。電車がすべりこんできたので乗った。その後池袋についた私は水族館へ歩いた。その道中で会話が聞こえた。

「東横線から池袋まで乗り換えなしは便利だね。」

と。私はもしかしたら池袋まで乗換なしで来れたかもしれないと思った。今日は色々とよくわからないことがあったが、世の中便利になったと思った。

124NPO法人シュタイナースクールいずみの学校

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『急行「夢路」』

鳥のさえずり、水の音。

都会に住んでいる私は、普段あまり耳にしない自然の音で目を覚ます。

辺りを見渡すと、崩壊した建物は植物に覆われ、穴の空いた地面からは地下まで水が流れ込んでいる。

まるで映画に出てくるような荒廃した世界だ。

人の気配は全くない。その代わり、野生動物があちこちにいた。

植物の緑、水の青。自然はこんなにも綺麗なんだと思うと同時に、人間のせいで自然が減少しているということに少し罪悪感を感じてしまう。

不意に錆れた駅の方から電車の汽笛が聞こえた気がした。

その瞬間私は急行列車の中で目を覚ました。

095東北学院中学・高等学校

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『7時40分』

7時38分。まだ朝だというのに太陽が煌々と照りつけ、体の穴という穴から汗が吹き出している。ホームには自分の他に一人。毎朝同じ電車に乗っている人だ。 横を走っている道路はいつも通り途切れなく車の行き交う音が聞こえる。信号が変わる。一気に静寂に包まれる。湾内の穏やかな波の音が爽やかな海風と共に耳を駆け抜ける。

7時39分。静寂を切り裂くかのように列車の接近放送が鳴った。見慣れた青い電車が入ってくる。冷房の効いた車内で一席だけ見つけた空席に暑さで溶けかかった体をあずける。ふとスマホの占いを見ると、獅子座が一位になっていた。

7時40分。電車は陸前浜田駅で乗客二人を乗せ、定刻通り仙台へ向けて発車した。

083熊本県立熊本工業高等学校

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『Back』

父から連絡があり、久しぶりに地元に戻る。

阿蘇駅で新大阪から乗った列車を降り、熊本方面の普通に乗り換える。立野まで6駅。最後に訪れた時より、まるで車窓は変わっていた。沢山の住宅、車。

父は軽トラで待っていた。家まで少しかかるので早速聞いてみる。

「何かあった?」

家業の農家を継いで欲しいとの事だった。75を過ぎた父。田んぼの売却の話が持ち上がっているらしい。

「そんな事今更やるわけないだろう。お金になるならそれでいいじゃない。」

職場では順調に業績を上げ、忙しい時期だったので私はすぐに断った。3日後、仕事の都合で予定より早く帰る事になった。

「残念だ。就職してからというもの、お前は変わったな。」

父の曇った表情を背に、スイッチバックの急坂を登る。

一度高台に停まる。すると真下から新幹線が飛び出してきて、夕陽に照らされながら秋の谷を駆け抜けた。 再び走り出した。ゆっくりと立野の美しい展望が過ぎ去る区間。以前より車窓は変わってしまったけど、以前と同じように雄大、それでいて爽やかだ。遠くを見下ろすと、父の軽トラが霞んで見えた。

帰りの自由席に着く。

松山を出た辺りだったか、私はデッキに行き、父のLINEを開いた。

023聖徳学園高等学校

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『いつもの先に』

いつもの帰り道、手の甲を少し傾ける。目的を持たないその自身の手は少し空虚に見える。朱色の筋が指先を通り過ぎていく。お日様がさんざん暖めたロングシートは少しじれったい。届きそうで届かない建物の一角には警察の啓発看板が設置されている。プシュー。乗っていた列車は突然止まった。

視界に入ったトラックはその端から端まで通っていく。慣れた手つきで交差点を曲がってきたバスは快走していく。自家用車は慣れない手つきで恐る恐る走り去る。東京の動脈によって支えてられている輸送形態。片側二車線道路の往来ぶりを感じる。ここにはもうひとつ重要な動脈がある。

川は水の源。人々の水道を作り出す。求めている量が増えるごとに川は地形を造る。川が通る地は削られて出来ている。 動脈と動脈の交差地点は水の流れと交通の流れを感じさせる。

「あ 」

さらにもうひとつ、流れはあった。

今、乗っている列車だ。地元の利用者が多いのどかな路線。低い速度で走るあまり見かけない軌間ゲージを持つ。ただゆっくりと眺められる。そんなゆったりとした列車だった。 乗り続けたら終点へ辿り着くのだろうか。少しずつ変わりゆく日常の中でふと考えた。

018東京都立三鷹中等教育学校

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『飯田橋より、時を超えて』

流れる景色は次第に詳細を描き、ついには静止する。

飯田橋駅に停車した。

時間を放浪する者にとって、幾度も訪れる場所は、常に変貌して見える。

以前ここへ来たのは、慶応年間だったか。

あの頃、ここが江戸城牛込御門であった頃の、その凛としてそびえ立つ城塞の面影は、今も確かに残っている。

建物はすでになく、橋も、濠も、人でさえ様変わりしているが、職人技は時間に耐えうるのか、車窓から見えるその石垣は、将軍を守護した頃のままである。今はこの街の人々を見守るのか、それとも、在りし日を、故郷の山を思い出しているのか…

いずれにせよ、彼は安らかにそこに佇んでいた。

ここはそう、今まさに、見知った場所から新しい場所へ変貌する最中なのだろう。

飯田橋に別れを告げて、時間とともに私も進まなくてはならない。しかしそれは最後を意味するものではない。幾度に渡り私がここを訪れたように、未来の私もここを訪れるはずだ。

いまここを歩けば、道行く人の顔、墨色の駅舎、雲を映す水面、コンクリートを覆う草花、錆びた鉄骨。濠のへりにはボートが浮かび、見渡せば高層のビル群が迫る。

遥かな未来再びここを通るなら、そこにはどんな景色が広がっているのだろう。

一畳
HO車輌
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